トルコキキョウの花言葉にまつわるお話

トルコキキョウ 花言葉 写真

写真撮影:青木繁伸(群馬県前橋市)

トルコキキョウの花言葉は、「優美」。

中国や中近東に端を発し、古くから人々に愛でられてきたお花が多い中で、アメリカの荒野からもたらされ、広く世の中に行き渡るようになってまだ20年そこそこというお花です。

もともとは、背も低く痛みやすいデリケートなお花で、なかなか見出されることの無かったトルコキキョウですが、昭和のはじめに日本の農家などで栽培が始まり、庭植えの品種として出荷までにこぎつけました。

ところが第二次大戦が始まってしまうと、もうお花どころではありません。

トルコキキョウのこともすっかり世の中から忘れられてしまったのです。

けれど、このお花に魅せられた日本の園芸家達の間で細々と受け継がれたトルコキキョウは、その後の品種改良で大きく蘇ることになります。

80年代、パステルカラーの花色が生まれると、瞬く間に大人気のお花に伸し上がり、花持ちの良さや優美さで花束にも好んで使われるようになりました。

日本の育種家たちの農園では、今も次々と世界に向けて新しいトルコキキョウの品種が産み出されています。

「優美」を花言葉に持つトルコキキョウは、こんな花です

トルコキキョウは、リンドウ科、トルコキキョウ属。

もともとはテキサスの荒野に咲いていたお花です。

リンドウ科なのにキキョウの名をもらったのは、すっきりしたお花の咲き方が日本の桔梗に似ているからですね。

けれど、原産地がアメリカで、最初に日本に持ち込まれたのもこの原種の種だったとされているこのお花に、一体どこからトルコという名前がついたのか・・これには諸説あり、真相は謎のままのようです。

お花の深い藍がトルコ石に似ているからとか、捻った形で咲き出る蕾がトルコのターバンのようだからとか。

また、漠然と舶来を意味するトルコという説もあるようです。

舶来がなぜ即トルコにつながるのでしょう?実は日本とトルコの間には深い友好の歴史があり、その繋がりはたぶん、高齢の方ほど強く感じていらっしゃるはずです。

紀伊半島沖のエルトゥールル号難破事故とその後日談は、100年に渡る人情話としてよく知られています。

最近は引き上げプロジェクトもありましたね。

現在は政情不安もあり、文化的にも縁遠く感じられる中近東方面ですが、一昔前は「月の沙漠」などの童謡などにみられるように、ロマンチックな印象が強かったのでしょう。

もちろん今でも、シルクロードつながりで想いを馳せる人は少なくありません。

トルコキキョウの生まれはアメリカ、そして今のような優美な姿に育てられたのは日本です。

このお花の良さを引き出し、大きく育てながら、西洋とはまた違ったエキゾチックな美しさに憧れを見出そうとした感性が、このお花を名づけたのかもしれませんね。

薄紫をはじめ、ピンクや薄緑などのパステルカラー、縁だけ色づいたものも愛らしいトルコキキョウ。

真白なトルコキキョウは結婚式でも引っ張りだこですね。

最近は、ぱっと見ただけではバラと間違えてしまうような豪華な八重咲きも頻繁に見られるようになりました。

花束を作ってもらうことの多い人ならきっとにっこりされると思いますが、トルコキキョウは一本で幾つにも枝分かれして大きなお花を咲かせるので、2、3本合わせただけでも豪華な花束になるのです。

お財布にも優しいお花かもしれません。

でももちろん、だからといって、お花自体を軽くみてはいけません。

今あるトルコキキョウの姿にどんな歴史があるのか思い出し、大切に1日でも長くお花を楽しめるよう、切花のお世話をしてあげてくださいね。

トルコキキョウの花言葉から貴方を占うと・・・

そこはかとない優雅さを秘めた人。

立ち居振る舞い、物腰しの端々に品格を持っている人は、それだけで人に一目置いてもらえたり、ちょっとした発言でも重みを感じてもらえたり。

持って生まれた優美さを兼ね備えた人は幸せですね。

ただし、それがかえってあだになる事も無いとはいえません。

何となく敷居が高くて話しづらい・・お高くとまっていそうだから、付き合いづらい・・そんな印象を相手にあたえているとしたら、せっかくの素養もかえって邪魔ものになりかねません。

うちとけてお話できる友達が欲しかったら、それなりのアピールだって必要なときもあります。

自分の持ち味は大事にしつつも、時には楽しい面、ずっこけたところもちらりと見せてみましょう。

そのギャップがまた新しい魅力になって、人となりに深みが増すこと請け合いです。